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ねじの歴史


アルキメデスのねじ(イメージ) ねじの起源は定かでありませんが、西洋では木の棒にねじ山を刻んでオリーブやぶどう等の果汁をしぼるねじ圧縮機(スクリュープレス)に使われ、水を低い所から高い所へ移す灌漑用の螺旋揚水機として使われたアルキメデスのねじがあります。
締結用のねじ部品の出現はルネッサンス期で、レオナルド・ダ・ビンチのねじ製作によって一大飛躍をみました。
レオナルドは、機械要素の一つとして、ねじを非常に重視して、その幾何学を検討し、また、ねじが中心的な要素となっているさまざまな装置を設計・考案しています。
締結用のねじが大量に生産されるようになったのは産業革命期で、蒸気機関の登場、繊維工業の発達、工作機械の開発、機械による機械製作の技術の急速な進歩によって金属製のねじによる締結が重要な問題となってきました。
英国のワイアット兄弟のねじ製造用旋盤、ヘンリー・モーズレイの全鉄鋼製のねじ切り旋盤の開発を経て、ジョセフ・ウィットウォースが多数の工作機械を製作する一方で多くのねじについて比較検討し、山の角度55°のねじを提案し、それまで混乱していたねじ山を統一し、体系づけました。このねじ標準(ウィットねじ)は、後に英国の国家規格BSに発展し、普及しました。
ユニファイねじ(イメージ)
ねじの標準化は、互換性生産方法にもとづく大量生産システムの母国となったアメリカでも推進され、ウィリアム・セラーズがウィットねじに改良を加え、山の角度60°のインチ系ねじを発表、セラーズねじとして広まり1868年にアメリカの政府関係事業に全面的に採用され、セラーズねじ、あるいはアメリカねじとして知られるものとなりました。なおこれは第2次大戦中に武器などのねじの互換性の必要から、アメリカ・イギリス・カナダの三国が協定してつくったユニファイねじに発展しました。
これらインチ系ねじとは別に、1894年にフランスで制定された山の角度60°のメートル系ねじは、SIねじとして広く使われました。これが現在普及しているメートルねじの原形になっています。
ねじは上記のような歴史を歩んできましたが、国際交流が深まり国家間の物資の交流も拡大するにつれて、ねじの互換性の要求が高くなり、国際的にねじを統一しようとする動きが起こりました。
1928年に設立された万国規格統一協会(ISA)を経て、1947年に国際標準化機構(ISO)が設立され、国際標準化が推進されています。
日本におけるねじの起源をみると、これまでの研究では、種子島に火縄銃が伝来(1543年・天文12年)し、これを模して製作した火縄銃の銃底をふさぐ尾栓のねじが日本でつくられた最初のねじとされています。

((社)日本ねじ工業協会「新版ねじ入門書」「日本ねじ工業史」)

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