締結用のねじ部品の出現はルネッサンス期で、レオナルド・ダ・ビンチのねじ製作によって一大飛躍をみました。
レオナルドは、機械要素の一つとして、ねじを非常に重視して、その幾何学を検討し、また、ねじが中心的な要素となっているさまざまな装置を設計・考案しています。
締結用のねじが大量に生産されるようになったのは産業革命期で、蒸気機関の登場、繊維工業の発達、工作機械の開発、機械による機械製作の技術の急速な進歩によって金属製のねじによる締結が重要な問題となってきました。
英国のワイアット兄弟のねじ製造用旋盤、ヘンリー・モーズレイの全鉄鋼製のねじ切り旋盤の開発を経て、ジョセフ・ウィットウォースが多数の工作機械を製作する一方で多くのねじについて比較検討し、山の角度55°のねじを提案し、それまで混乱していたねじ山を統一し、体系づけました。このねじ標準(ウィットねじ)は、後に英国の国家規格BSに発展し、普及しました。 |